高井岳の基本情報
基本情報飛騨弁📅 2026-09-05
🎤 飛騨弁漫才で「高井岳(たかいだけ)は城があった山やぜ!」
高嶺 昇よっしゃー!今日は大分の高井岳(たかいだけ)に登頂するぜ!気合入れて、このセンターマイクをピッケルにして、舞台の床をガシガシ登るもんで!
岩壁 剛待て!のぼる、床を傷つけるな!ここはステージや、山じゃねえ。それに俺は高所恐怖症なんだから、あんまり盛り上げるなよ。
高嶺 昇たけし、心配せんでええや!高井岳は標高404.5mや。このくらいなら、俺が背負っとるこのリュックに岩を10トンくらい詰め込んでも余裕で登れるぜ!
岩壁 剛10トンってなんだよ!無理やりすぎるだろ。標高404.5mっていうのは事実やけど、そんなもん背負ったら登る前に潰れるわ。
高嶺 昇でもな、ここは戦国時代の城があった場所なんやぞ。高井岳城(たかいだけじょう)!今ならきっと、城番の侍が「お主、登山届は出したかー!」って門番しとるはずや!
岩壁 剛そんなわけないだろ!今はテレビ放送の西日田中継局がある場所や。侍じゃなくて電波が飛んどるんやぞ。
高嶺 昇ええい、ままよ!俺は今から、問註所(もんちゅうしょ)勢に突撃して、刺し違えて討死するくらいの情熱で登頂するぜー!
岩壁 剛のぼる!歴史の話をそのままやるな!死ぬ気で登るな、安全に登れ!もういい。まとめると、高井岳(たかいだけ)は大分県と福岡県の境にある標高404.5mの山で、戦国時代の城砦があった歴史的な場所ってことや。
岩壁 剛詳しい最新の情報はヤマップの山の情報ページで確かめてくれや。ありがとうございましたー。
📝 ポイント解説
歴史のロマンが息づく、大分県と福岡県の県境に位置する山です。
高井岳(たかいだけ)は、大分県日田市と福岡県うきは市の境にある標高404.5mの山です。現在は山頂にテレビ放送の西日田中継局が設置されています。
この山には戦国時代の歴史が刻まれており、かつては「高井岳城」または「高ヶ岳城」と呼ばれる城砦がありました。豊後国(大分県)と筑後国(福岡県)の国境という重要な場所にあり、城番が駐屯し領地を見守っていた記録が残っています。
特に、問註所(もんじゅうしょ)氏の軍勢との激しい合戦が行われた舞台としても知られており、歴史書に記された物語を感じながら歩けるスポットです。
- 歴史的な見どころ
戦国時代の城砦があった場所であり、当時の合戦の記録などの歴史的背景を楽しめる - 手軽な標高
標高404.5mと、気軽に挑戦しやすい高さである
⛰️ 高井岳の基本情報(YAMAPより)
- 山名
- 高井岳
- 標高
- 404m
- 場所
- 大分
- 概要
- 高井岳(たかいだけ)は、福岡県うきは市と大分県日田市との境にある標高404.5mの山である。 戦国時代には、高井岳城または高ヶ岳城と記録にある城砦があった。現在、ここにはテレビ放送の西日田中継局がある。 高井岳は、大友氏支配下の豊後国日田郡から隣の筑後国問註所氏の領地を望む地に位置する。高井岳城の位置については、『日田郡志』(下巻)に“高ヶ嶽、西ノ方半プクニアリ(抜粋引用)”とある。 日田郡内の歴史書『豊西記』には、「高井嶽城潰陥之事」と題して、以下のように記されている。 秋月氏に降伏した問註所親則(長岩城主)は、同盟関係にあった大友氏との手切れに臨むべく、日田郡へ攻め入った。第一の攻略対象となったのが、豊後国と筑後国の国境に位置する場所に築かれた高井岳城であった。高井岳には井楼を備えた城があり、城番を駐屯させていた。このときの城番は日田八奉行の一人堤越前守の弟、堤平右衛門尉であった。寄せ手の問註所勢と合戦となり、平右衛門尉は大手付近で問注所勢大将の石井蔵人と刺し違えて討死。城は陥落し、領内日田郡石井郷に侵入を許したが、高瀬下野守の軍勢が駆けつけて問註所勢を撃退した。