奠供山の基本情報
基本情報飛騨弁📅 2026-08-29
🎤 飛騨弁漫才で「標高35m!お気楽登山やさ!」
高嶺 昇よっしゃー!今日は和歌山の奠供山(てんぐやま)に登頂して、雲を突き抜けて宇宙まで行くぜー!
岩壁 剛待て待て!のぼる、落ち着け。奠供山(てんぐやま)の標高は35mやぞ。宇宙どころか、ちょっとした丘みたいなもんで、雲を突き抜けるわけなかろうが!
高嶺 昇ええっ!35m!?じゃあ、全力疾走で登れば3秒で山頂やな!そのまま勢いで和歌浦(わかうら)の海までダイブして、魚と友達になってくるわ!
岩壁 剛危ないことすんな!ここは玉津島(たまつしま)神社の背後にある山なんや。聖武天皇(しょうむてんのう)様が昔、ここの景観に感動して「明光浦(あかのうら)」って名付けた由緒ある場所なんやぞ。
高嶺 昇聖武天皇も登ったんか!よし、俺も天皇気分で、山頂に金ピカの宮殿を建てて、毎日豪華な宴会をひらくことにするわ!
岩壁 剛建てられるか!たけしが言うのは歴史の話や。山頂には「望海楼遺址碑(ぼうかいろういしひ)」っていう和歌山市指定文化財が置かれとるんや。お遊びの場所じゃねえぞ。
高嶺 昇文化財か!じゃあ、俺がその碑の隣で、ピッケル使って全力でダンス踊れば、新しい文化財になれるな!
岩壁 剛なるわけないやろ!いい加減にせんまい。標高35mで、1月、3月、4月が人気の登山時期っていう、えらい穏やかな山なんやから、静かに景色を楽しんでこい。
高嶺 昇(深呼吸して)ふぅ……。なんだか、心地よい標高の風が吹いてきたな。俺のボケが冷え切った証拠やな!
岩壁 剛もういいわ!和歌山にある標高35mの奠供山(てんぐやま)は、歴史深い景色がみどころの山や。最新の情報はヤマップの山の情報ページで確かめてくれや。ありがとうございましたー!
📝 ポイント解説
聖武天皇が絶賛した絶景が楽しめる、歴史ある和歌山の山です。
奠供山(てんぐやま)は、和歌山県和歌山市の和歌浦にある玉津島神社の背後に位置する標高35mの山です。1月、3月、4月に多くの方が訪れています。
この山は歴史的なエピソードがとても豊かです。神亀元年(724年)に聖武天皇が訪れた際、山から海を望む景色を「この間(あたり)が最も良い」と絶賛し、この地を「明光浦(あかのうら)」と名付けた場所と伝えられています。
山頂には、かつて山麓にあった「望海楼遺址碑(ぼうかいろういしひ)」という和歌山市指定文化財が置かれており、歴史に触れながら穏やかな時間を過ごせます。
- 気軽に登れる標高
標高35mと低いため、どなたでも訪れやすい高さです。 - 豊かな歴史体験
聖武天皇ゆかりの地であり、山頂に指定文化財の碑が設置されています。
⛰️ 奠供山の基本情報(YAMAPより)
- 山名
- 奠供山
- 読み
- てんぐやま
- 標高
- 35m
- 場所
- 和歌山
- 人気の登山時期
- 1月、3月、4月(登山者数の統計より)
- 概要
- 奠供山(てんぐやま)は、和歌山県和歌山市和歌浦にある玉津島神社の背後の山である。 神亀元年(724年)2月4日に即位した聖武天皇は、同年10月8日に和歌浦へ行幸して14日間滞在した際、「山に登り海を望むに、この間最も好し。遠行を労せずして、以て遊覧するに足る、故に弱浜(わかはま)の名を改めて明光浦(あかのうら)と為せ、宜しくし守戸を置きて荒穢(こうわい)せしむことなかれ、春秋二時官人を差遣し、玉津島の神・明光浦の霊を奠祀せよ」という詔を発した。聖武天皇は和歌浦の景観に感動し、明光浦(あかのうら)と名付け、さらにこの地の景観を守るため守戸を置くことを命じたのである。『紀伊国名所図会』では奠供山を伽羅山とし、東に続く現在の雲蓋山を天狗山としているが、『紀伊続風土記』では「神亀元年御幸の時、登山望海此間最好と、詔し給ふは即此山なり」として、奠供山を詔が発せられた場所であるとしている。 天平神護元年(765年)10月の称徳天皇行幸の際には、南浜に「望海楼」が営まれ7日間滞在したとされているが、江戸時代後期の儒学者仁井田好古は「望海楼」を奠供山の南麓の市町にあったものとし、好古の撰文になる望海楼遺址碑(和歌山市指定文化財)にはそのことが刻まれている。望海楼遺址碑は、元は奠供山麓の市町川沿いに建てられていたが、現在は鄭供山山頂に置かれている。玉津島神社蔵の慶応3年(1867年)改刻の玉津島神社略記添付の「和歌浦玉出嶋社之圖」には、天保2年(1831年)~3年(1832年)に奠供山上に建てられたと考えられる拝所が描かれている。