妻女山の基本情報
基本情報飛騨弁📅 2026-08-23
🎤 飛騨弁漫才で「妻女山で戦国武将ごっこやさ!」
高嶺 昇よっしゃあ!今日は長野にある妻女山(さいじょさん)に登頂するぜ!気合入れて、このセンターマイクをピッケルにして突き進むもんで、たけし、ついてこいよ!
岩壁 剛待て待て!のぼる、マイクを突き刺すな!ここは舞台の上やぞ。それに妻女山(さいじょさん)は標高411mや。ピッケルなんていらんし、俺は高しょ恐怖症なんやから、お願いやから地べたで喋らせてくれや。
高嶺 昇標高411mか!よし、じゃあ山頂で上杉謙信公と一緒に炊き出しをやって、炊き出しの煙で敵の裏をかいて、そのまま宇宙まで飛んでいくぜー!
岩壁 剛どこまで飛んでいくねん!いい加減にせえ!宇宙まで行かんでええわ。ここは第4次川中島の戦いで上杉謙信の軍が陣を張った地として知られとる場所なんや。炊煙を見て攻撃を察知したっていう歴史があるんやぞ。
高嶺 昇なるほどな!じゃあ俺が殿(しんがり)になって、たけしのリュックに石をいっぱい詰めて、重い装備で修行させることにするわ!これぞ武士の精神やな!
岩壁 剛勝手に石を詰めるな!重くて歩けんわ!のぼる、落ち着け。ここは展望台や解説版があって、海津城や川中島平を見下ろせるみどころがあるんや。忠霊殿や忠魂碑もあるし、歴史を感じる山なんやちゃ。
高嶺 昇歴史か!よし、じゃあ俺は今から戊辰戦争の銃撃訓練を始めるぞ!えいっ!えいっ!(マイクを銃に見立てて撃つ)
岩壁 剛危ないわ!舞台の上で撃つな!体力度1〜2の、初心者でも登りやすい山なんやから、そんなに暴れんでいいんや。3月、4月、11月が人気の時期らしいもんで、季節に合わせて静かに登らんまい。
高嶺 昇おっと、撃ちすぎて空気が冷えてきたな。心地よい標高の風が吹いてきたぜ!
岩壁 剛それはただのスベった空気やろ!もうええわ。まとめると、長野県の妻女山(さいじょさん)は標高411mで、戦国時代の歴史が詰まった体力度1〜2の山や。最新の情報はヤマップの山の情報ページで確かめてくれや。ありがとうございましたー!
📝 ポイント解説
歴史の舞台を歩き、川中島平の景色を楽しめる山です。
長野にある妻女山(さいじょさん)は、標高411mの山です。川中島の戦いにおいて上杉謙信の軍が陣を張った地として知られており、歴史に触れながら歩くことができます。
山頂付近には展望台や甲越合戦の解説板が設置されており、武田信玄が築いた海津城や川中島平を見下ろすことができます。また、戊辰戦争の戦死者を祀る忠霊殿や忠魂碑もあり、地域の歴史的な背景を感じられるスポットです。
登山者数の統計では、3月、4月、11月が人気の時期となっています。
- 体力度1〜2
YAMAPの表記による設定です - 歴史的な見どころ
戦国時代の陣跡や展望台があり、景色と歴史を同時に楽しめます
⛰️ 妻女山の基本情報(YAMAPより)
- 山名
- 妻女山
- 読み
- さいじょさん
- 標高
- 411m
- 場所
- 長野
- 難易度・体力度
- 体力度1〜2(YAMAP表記)
- 人気の登山時期
- 3月、4月、11月(登山者数の統計より)
- 概要
- 妻女山(さいじょさん)は長野県長野市松代町と千曲市土口が境を接する山。第4次川中島の戦いにおいて上杉謙信の軍が陣を張った地として知られるが、異論として「斎場山」(さいじょうざん)についても併記する。 武田信玄が築いた海津城や川中島平を見下ろすことができる位置にあり、上杉謙信はこの山上から海津城に立ちのぼる夥しい炊煙を見て武田方の攻撃を察知した。そして秘かに山を下り、夜陰に紛れて雨宮の渡しから千曲川を渡河して敵の裏をかいたと伝えられる。 なお現在「妻女山」とされて展望台や甲越合戦の解説版が設置されている所は、斎場山の尾根上の頂(元は「赤坂」又は「赤坂山」と呼ばれた)であり、謙信配下の殿(しんがり)部隊甘粕近江守景持が陣を敷いた場所とされる。この場所には忠霊殿、忠魂碑もあるが何れも戊辰戦争戦死者らを祀るもので、ここで幕末期に松代藩士らが銃撃訓練をした縁で建立された。そこでは明治期以来、新政府樹立に寄与した功績を称えて盛大に春秋の祭礼が行われた。従って、以来この場所に集うことを「妻女山に行く」事とされるようになったようである。